フットボール道場とは?

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プレイバック 第6回フットボール道場
世界の”周縁”で、技巧をさけぶ
 ポルトガル・ゴールデンエイジ最後の船出

レポート

 ヨーロッパの西端、つまり日本から見れば世界の周縁。そこでユーロ2004が行なわれる。ポルトガルはいろいろなイメージがある。ラテンの国、哀愁の国。寂しいという印象があるのはファドの影響なのか。革命から今年で30年。まだ若い国である。市之瀬敦氏は81年、まだ革命後、間もない頃にポルトガルに留学し、その後ポルトガル大使館員を経て現在は上智大学で教鞭をとっておられる。ポルトガルサッカーを知る日本人としては第一人者と言っていい。

 市之瀬敦氏には一度会いたいと思っていた。私は去年の11月、ポルトガルに行ってきたが、行くきっかけになったのは市之瀬氏の著書、「ポルトガルサッカー物語」を読んだのがきっかけである。エウゼビオを生んだ国、ベンフィカ・スポルティング、ポルトの3チームがリーグを仕切っている国、どこか垢抜けなく、どこか憎めなく、ヨーロッパの中でも少し今ひとつパッとしない(失礼)国、行ってみると急ピッチで進められている工事(急ピッチなのは進捗が遅れているからなのだが)の傍ら、どこか時が止まったかのようなのんびりとした国であった。少なくとも日本とは違う。それは何故か。行ってみてもよくいまひとつよくわからない。

 その市之瀬氏のトークショーがNPO法人横浜スポーツコミニューケーションの主催で開催された。これは行かねばならぬ。おりしもユーロ開幕2週間前である。


 市之瀬氏は81年、コインブラ大学にサマー留学したことからポルトガルにかかわるようになった。惜しむらくは留学した時がちょうどシーズンオフだったため、ポルトガルサッカーを見る機会がなかったことか。81年と言うとカーネーション革命から7年しかたっていない。当時のポルトガルには政治熱が高かったと言う。今年からみても革命から30年なので、国民生活からみれば、まだずっと若い国なのだ。その若くて活気あふれる国で市之瀬氏はベンフィキスタ(ベンフィカサポーター)となり、ポルトガルサッカーと深くかかわっていく。何故ベンフィカなのか-それは当時(今もそうだが)、ポルトガルで一番知られていたチームがベンフィカだから。サッカーチームを好きになる理由としてそこをあげる人は多い。でもそれは自然なことだ。それを聞くと親近感を覚える。

 ポルトガルサッカーの魅力とは何か。市之瀬氏はルイ・コスタでもエウゼビオでもなく、フェルナンド・シャラーナという選手だそうだ。失礼ながらこの選手は全く知らなかった。自宅に帰って調べてみると80年代前半にベンフィカに在籍している。好きになったチームで好きな選手がいればはまってしまうのはサッカー好きにとってはよくわかる。


 ポルトガルサッカーの特徴とは何か。それは先ほど述べたようにベンフィカ、スポルティング、FCポルトの3チームで優勝争いが繰り広げられている。いうなれば1部リーグの中にディビジョンが2つ別れているようなものである。3チームとそれ以外という風に。

 3チームの優勝争いとなるとカードの魅力は限られてくる。3チーム同士の戦いならば白熱した試合となり観客も多く入ろう。しかしそれ以外、例えばベンフィカ対アカデミカのようなカードになると一気にスタジアムはガラガラになる。ベンフィカですらそうなのだから3チーム以外同士のカードになるとどうなるか。想像がつかないだろう。私はポルトガル北部のバルセロスという町でジル・ビセンテ対ベネレンセスというカードを見たが観衆は3千人程度であった。これもポルトガルサッカーの一つの現実である。

 このスタジアムに空席が目立つ点については私は不思議に思っていた。ポルトガルの第一のスポーツはサッカーのはずである。でも実際に彼らはスタジアムにゲームを見に行かない。ベンフィキスタがポルトガル全土にいるのはわかるが地元チームだって応援してもいいと思う。


 市ノ瀬氏によるとこの辺がポルトガルサッカーの問題点なのだと言う。経営的に見るとポルトガルのクラブは多くが破産状態にある。3強の現実は15弱の現実ということなのかも知れぬ。綺麗なスタジアムがバンバンできた。でもユーロが終わった後でどうやって運営するのだろう。市之瀬氏も非常に問題があると考えているらしい。ポルトガルの国民はおおらかだと思う。それ自体はいいことだけれども、おおらかなのはモラルに対してもおおらかだ、ということだ。行政、建築、チームの3者が手を組めばなんだってできる。せめてもう少し、集客を意識した運営をしてほしいのだが、いまのポルトガルにそれができるのかと思うと疑問に思う。市之瀬氏はJリーガーとポルトガルのクラブを代理人になってみたいそうなのだが、実現したら面白い。J2の選手だってポルトガル2部なら通用すると思う。


 さてユーロ2004である。ポルトガルはどこまで行くのか?市之瀬氏によると、西暦の下一桁が4で終わる年は南欧が優勝するのだそうだ。南欧というとまさにポルトガルがそうなのだが、期待できるか。もっとも南欧だってスペイン・フランス・イタリア・と、どこが優勝してもおかしくないのが多いから、たとえ今年が南欧優勝でもポルトガルには厳しいか。ルイ・コスタ、フィーゴ、フェルナンド・コート、日本人でも知っている彼ら黄金世代にとっては最後のチャンスだけに期待したい。

 ポルトガルに優勝の目はあるのか。ポルトガルサッカーの特徴は中盤でつなぐのが特徴とのこと。フィーゴ・ルイ・コスタで中盤をつなぎパウレタにパスを出す、そんなサッカーになるのだろうか。才能にまかせて点を取りに行くイギリスやフランスに対してショートパスを多用するポルトガル。「黄金世代」を束ねるのがブラジル人監督という点で考えると今のポルトガルは日本代表を連想してしまうといえば、ポルトガルサッカーファンには失礼だろうか。確かにルイ・コスタと中田、フィーゴと中村は比べ物にならない。ただ個人技に対して組織力で対抗するチームと考えるとレベルの差異はともかく志向としては似ている。フェリペが今ひとつポルトガル人から支持を得られていないというところまでも。

 市之瀬氏によるとポルトガルは代表チームを一つのクラブとして考えるとのこと。フチボルクルーペ・ポルトガル。ポルトガルで開催される大会をポルトガル全土でポルトガル代表を応援する、そうなれば強いかも知れぬ。長年、ポルトガル国民はスペインに背を向け続けてきた。ポルトガルにとって見るべき方向は海の向こうのアフリカであり、南米であった。しかし今回、ポルトガルはいままで背を向けてきたスペインと対戦する。黄金世代の最後の大会がいま始まる。内向的な国民が隣国とどう戦うのか、ユーロ本大会を楽しみたい。





平成16年6月9日
記:川戸
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by football-dojo | 2005-06-13 20:52 | フットボール道場
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